2012年09月28日

思い出した!

俺の一人芝居がもともと原作つきのものであった理由

民話を掘り起こすというのはあとから生まれたやりがいであって
第一弾が「郁版・桃太郎」
なぜ、誰もが知っている話を題材にしたか

それは、骨の髄まで大道芸というフィールドで演劇をしようとしたからだった
1人になって、大道芸の祭りに呼ばれ、でも役者として再起をし始めたところ、役者としての作品で勝負しなくてはならないと自分自身に課したところ
最大の難点が

ドラマは全体を通して感じてほしい
大道芸としては途中から見ても参加できるものにしたい

という点だったのだ。

大須火吹き002.jpg

完全なストーリーものにしてしまった場合、物語が難解になればなるほど最初から見ていないお客様には意味が分からない。→見てくれない
ということは、一度スタートしたらお客さんは減ることはあっても増えることはない?

そこで思いついたのが、誰もが知ってる物語を題材にすることで
物語全編通しても楽しめるし
途中から見ても登場人物や今何の話か理解できる
ということだった

時期は、ちょうど大衆演劇を始めたばかり
大衆演劇の台詞では、物語といって、何回もおんなじことをシーンがあることにとても疑問を持っていた時期だった。
序幕で、ある悲劇が起こった。2幕で実は数年前にこんな悲劇がありましたと自己紹介する。クライマックスで、今をさかのぼること数年前・・・と台詞になる。

なんじゃこりゃ!時間稼ぎか!?と最初は思いました。
しかし違うのです。きっと違うのです。
大衆演劇、昔はかけ小屋。大道芸とまではいかなくとも、今のようにお行儀よくお客様が見ていた状況でなかったのかもしれない。
途中から入ってきたり、雑談したりしながら、
故にシーンが進むたびに、ちょいと復習が入る。この人は、こんな苦しみを背負った人なんですよと、復習しながら繰り返し繰り返しお客様の頭に刷り込んでいく手法。
また、うちの劇団のお客様は年配層が多いので、やっぱり大事なことは何回か繰り返すのかな、とも。

テンポと足の速い現代の大道芸で、繰り返しの説明を多用するのは危ないと思った俺は、初めての題材を「桃太郎」としたのだ。
そこからもう、『大道講談』だったのだ。

忘れてました。
だから、今後俺の一人芝居は演じる場所にしたがって、この概念に縛られる必要はないのです。これは俺のスタイルでもなんでもなく、大道という場所で演じるために見出した、一つの手法だったのだから。
posted by イク at 09:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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