2009年08月27日

アクションとか殺陣とか

昨夜、ひょんなことから若い役者さんの相談を受け、メールで延々アクション論?を
ちょうど空いた時間にメールが来たものだから、その役者さんも間がいいものだ

時代村の時に演出家に言われたことを思い出した
「演武すんじゃねぇ。芝居が見たいんだ!」
忍者の劇場に入って3年目くらい
演劇畑からやってきた自分も、いつしかより高度な技・精度の高い技・マニアックな立ち回り・・・と技術技術技術に目が行き、根本にある忍びと忍びの命をかけた戦いというものを見失っていた。もちろん本人は見失っているつもりなどなかったのだが。。

そんな技の応酬は、格闘ゲームに任せておけばよい
というか、我々の身体能力では格闘ゲームのような動きはできないのだ

でも、我々がやる仕事は、生身の人間の行いだ
それがたまたま刀を持った殺し合いであり
たまたま着物を着るという動作であり
あくびをするという動き
全て演技という意味で同一線だ
指一本まげることだってアクションなのだ

ただ、忍者の役を表現するために、剣術や体術の表現ができる肉体が必要なのだ
ただし、本当に強い必要はない。強く見えればよい
オリンピック100M走で優勝する役をするためには、そのように見える肉体、フォームが必要とされるだろう。しかし。一役者が本当に世界新記録を出せるはずはないし、そんなもの要求すること自体が間違っている。しかし、見ている人がなっとくできる走り方をしなければならない。
一流シェフの役を演じる。鮮やかな手腕。しかしその料理が本当に美味しいかどうかなんて、どうでもいい話だ
ブラックジャックの役を演じました。だから今度のオペをお願いします。なんて頼む人はどこにもいない


それでもアクションをする人、殺陣をする人たちは肉体を追及することをやめない
それはそのもっと先に表現したい世界があるからだ
常人をはるかに越えた技
作り物の演劇という世界に、本当に行なっているという真実があるから
本当に10メートルから落ちるから
本当に信じられない体勢からジャンプするから
見る人はワクワクし、表現者はアドレナリンにまみれるのだ
posted by イク at 10:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 殺陣について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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